父と娘(不登校)の生活日記
2026年11月2日月曜日
島を出る
2026年11月1日日曜日
イベント最終日
娘は、今日は、イベントが終わった後電話を掛けてきましたが、最初の一言は「疲れた」でした。最終日で、日曜の夜ということもあって、客足はそれほど延びなかったようです。それでも、娘の自作作品は、合計20個以上売れたということで、今日も娘はご機嫌でした。
アルバイトも、一つ決定したそうです。採用担当者から、もう一人の候補者とどちらにするか決めかねているから電話してほしいという連絡があったので、電話したら、実際は、そういう連絡をしても、実際に電話する人はめったにいないと言われたそうです。体育会系だと言われたようで、自分のどこにそういう要素があるのかよく分からないと言っていました。
2026年10月31日土曜日
イベント2日目
2026年10月30日金曜日
イベント初日
2026年10月29日木曜日
島に戻る
2026年10月28日水曜日
躁状態
娘は、今日も、外に出かけていました。昼頃、仕事帰りの私と合流し、一緒に昼食を食べました。それから帰宅したのですが、午後もまた出かけていきました。
昨日・今日と、続けてネット通販の商品が届きました。商品購入意欲は旺盛。夜には、自分の書いた文章を集めた冊子を、せっせと印刷していました。
複数の知人とのメッセージ交換も頻繁にやっていて、明らかに躁状態だろうと思いました。
明日は、島での最後の仕事をするために戻るのですが、週末のハロウィンのイベントまで調子が持つか、不安ではあります。持ったとしても、その後の反動はひどいことになりそうです。島へ戻りたくない様子もちらほら見せています。
私は、5月以来診察を中断していた精神科に、久しぶりに行きました。娘を一人暮らしさせるという件を相談したかったからです。もっとも、私は、自分の考えはほぼ決まっていると伝えたので、やめた方がいいとは言えなかったかもしれません。私としては、自分の決断を人に話して、安心したいというところでした。
診察時間は短いので、いつも、前回の受診から後に起こったことをまとめて印刷していきます。そのメモを作るためにこのブログを読み返していたら、診察を中断したのがなぜだったろうと思えるほど、不安な様子が継続していたことに気づきました。就職して家を出るという事態に、私自身が舞い上がって、意識の表面ではもう大丈夫ということにしてしまっていたのかもしれません。
本人は、もちろん、意気揚々とスタートしたはずですが、すぐにくじけてしまっていました。