2023年12月23日土曜日

友人の同棲

娘は、今日は、朝はゆっくりのスタートでしたが、街に出て友人と会ったそうです。最近、その友人に恋人ができたという話を聞いていたのですが、来月から同棲することになったという展開に、娘も驚いていました。年齢差が大きくて、友人の母親はそもそも付き合うことに反対していたそうですが、それはどうなったのだろうといぶかしんでいました。今日も明日も、そのカップルと一緒に行動するようです。

その話題から、私と元妻の話になって、私が、元妻の抱える人格的な問題に気づいたのはいつだったのかと娘に聞かれました。

娘が、私のところに来る前のことですが、いったん私のところに来たいと言い出して、その後の裁判所からの調査に対しては、母親と暮らしたいという答をしていました。その急な変化の理由が私には分からなかったのですが、調査の直前に、母親から、泣きながら私にひどいことをされたと訴えられたそうです。よく事情が分からないまま、それを信じてしまって、調査の時には母親と暮らしたいと答えたと言っていました。元妻は、そういう大げさな芝居をして他人の同情を引くのがうまいというのが娘の判断です。

私のところに来た後の裁判所の調査で、今度は私と暮らしたいと答えたため、娘の考えがころころ変わるという印象を調査官に与えてしまったようです。当時、私は、実態として娘が私と暮らしているのに、なかなかそれを認めようとしてくれないという感触を持っていて、理由が分からなかったのですが、実際に娘の考えが二度も急変していたのでした。それを調査官に問われ、二度目は、母親が嘘をついていたことが分かったから、今度は大丈夫だという趣旨の話をしたそうです。客観的に見れば、思春期の子どもの気まぐれととられても仕方のない展開だったということが、今頃分かりました。

娘には、私は、自分の結婚が失敗だったとしても、結婚したことを自分に取って悪いことだったとは思っていないと伝えたことがありました。その理由も改めて問われたのですが、自分の理解できない相手とすったもんだしたことで、他人とはそういうものだということが分かったというのは、自分にとって大事な経験だったと思っていると答えました。

それがなければ、娘の現状に耐える力も、私の中に生まれていなかったかもしれません。

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